最終発表 URBAN SOS (水上、鎌田、岡田、谷垣内) Lonely Corpses 戸山団地 孤独死 女性70〜80代 男性色々 半分以上が一人暮らし高齢者 玄関をすだれシャッター 2枚のプレゼンは良い。 URBAN SOS と書く。 1枚目 色々書いてあって間違いではないが、何が言いたいのか分からない。 一番の問題は何か。孤独死そのものがいけないというか、皆が皆孤独死するわけではない。孤独死をする様な生き方をする高齢者に問題がある。バロメーターに過ぎない。何に着眼したのか。スタートは孤独死からでも良い。孤独死は象徴的なものとして取りあげられてしまっているが、実際はそのような死に方をする環境にいることが問題。高齢者が集中してlonelyに生きていることを都市が作り上げている事が問題。本人達が望んではいない。選択肢が無くて結果として、こういう所に追い込まれている。問題の本質を孤独死ではなく、孤独としてバロメータ—に表れている、高齢者の生き方を考える。何が問題だと思いました。というのを左のボードに強調する。精神的なSOS。ショッキングな写真の方が良い。老人の散らかったいる写真がどーん。コミュニケーションが途絶えている高齢者の生き方が問題なんじゃないか。それが分かった方が良い。今後こういうことがあちこちで起きてしまうということを触れないといけない。積極的に地域に関わろうとする人なら今の住居のままで良い。やる気がないやつらに少し発破をかける。before afterは良い。もっと大きくてよい。良くなりましたねと図面見て思わない。見えるか見えないか。みえないんだけどつながっているふうなのは良い。が、曇りガラスとかもっと複合的に2枚3枚よけないと奥にいけないなどと同時に、廊下そのものを廊下じゃなくて楽しげな場所じゃないと、あんまこっちに出てこようという気にはならない。こんなとこ見てもしょうがないから鉄の扉になる。やはり廊下側に魅力が欲しい。狭い廊下の中難しいと思うが、廊下というものを脱皮して、だいたんに。エレベターとかどかしちゃうとか。どかすと上から光とか。今の廊下の幅じゃ限界がある。じっちゃんばっちゃんが外に出てきて遊ぶ画を嘘でも書く必要がある。 言いたい事もsolution としても弱い。国際コンペ。日本の高齢者問題はあまりしられていない。日本の高齢化から説明しないといけない。→高齢者の集中。→地域社会からの遊離 昔は、農村地域社会だったから地域に繋ぎ止められていた。 まちの寄り合い所 (谷垣内 田中) 足湯 なぜ寄り合わなくてはいけないのか。生きる楽しさと社会生活の豊かさを感じさせる。直接会うということを考えて足湯にした。足湯によって寄り合うわけだが、対象敷地は、代官山駅の半径500m48カ所の足湯スポットをつくる。まちの人々やそのまちに来ている人に寄り合うきっかけを作って寄り合わせる。 パネル 48カ所の写真に足湯形態を書いてある。 敷地の代官山は郊外というまちというよりも人の流れが多くて、代官山のはずれにいくと住宅地があって、代官山に来る人と住んでいる人の繋がりを足湯というデバイスで意図端会議したりする。路地裏空間が多い。そこにイスとかがあって集まれる。広い駐車場の一部で話し合う。それぞれ面白いものをつくって、48カ所巡りさせるなど。 タイトル 足湯48カ所巡り。とか。インパクトが弱い。タイトルで魅せる。まちのネットワーク化された寄り合い所。 集まる。⇔分散する。 直接会うということが重要。⇔間接的に会う。 寄り合い所=直接会うということ ←SNSが出てきた。 ネット足湯。直接だけど分散。 寄り合い所 通りがかりに立ち寄る。⇔意図的に集まる。 足湯みたいなときに電子掲示板。行ったついでに書き込むなど。 直接会うんだけど集まらなくても良い。新しい寄り合い所。ネットを介して集まらないというSNSに対する。 48カ所でそれぞれがチャットができる。それぞれの場所を活かす。設計一つで座り方、距離感、話すきっかけを作り出す事ができる。 周りの環境、場所というものと強く結びつけることができる。巡る楽しさもいいのですが、ストーりーからして分散していることによって町中を結びつける事が出来る。誘発的なコミュニケションが生まれる。一個取りあげて大きくしたりしても良い。48均等に扱うと分かり辛い.サンプルをクローズアップする。コンセプトと48カ所のバリエーションを考える。48カ所全て見て下さいじゃなく、こういうものを48カ所にばらまきたいんですというのを見せる。楽しげな写真が一枚もない。その画見ただけで面白いと思わせなくてはいけない。まちがおしゃれすぎるかな。まちの特徴がない所が良い。代官山はもうすでに魅力がある。48のつながりを考えなくてはいけない。全部がつながった所で何が面白いのか。何か面白いことがないと。まちの中のことを発言するのに町議会とか。足湯で町民のコミュニケーションの場所にする。かしこまらないようなコミュニケーションの場を作りましょ。もう少し直接のコミュニケーションなんだけど全員集まらなくても成立する仕組みを考える。SNSよりも直接的、寄り合い所よりも分散的。 映画 (阿部 木村) 映画というものを積層を通して住宅に 複数視点からの積層 映画的な体験を生み出している。 ゲンジツの空間を強調したりする。中庭を切り取る。窓をめぐりながら歩く家。 窓だけではない。違う見え方するツールの一つ。中庭にむかって壁が斜めになっていたり色々なものがあるべき。窓だけがそれを決めているのではない。 中庭に対していろいろな見方があるのか、家から色んな風景が見えますと同じ。当たり前。中庭にすることで、中庭は一つなのに中庭を巡る空間は多様だ。映画の世紀を経験したノウハウ仕掛けを住宅に仕掛けたらどうなるか?中庭住居。ひとつの外部空間にむかわなきゃいけない。映画的手法を使って住宅を豊かにする。 pocket park (土井 清水) 表参道の中央分離帯のところに公園をつくる。 緑のある公園にガラスチューブを建てて行く事で、多様な空間が生まれる。 ガラスチューブに水を張って下から空気を入れることによって、視覚的にも騒音を和らげる意味でも機能する。ボコボコと音が成るため。 昼と夜との違いについては、オブジェ的な役割を果たす。 中央分離帯という本来居心地の悪い空間をポケットパークにする事自体はいいが、敷地が表参道の中央分離帯を広くして道幅を狭くするというのは良くない。 そこまですることではない。 もっと中央分離帯の場所が余っている所を使うべき。 スペースは余っているが居心地の良くない場所をこの方法によって変えるべき。 だんだん太くなって行くと、ガラスチューブの魅力がなくなってしまう。それよりもたくさん並べられた方がいいし、当然その間は人が通れるようになっていなければならない。 三角のどうしようもない中央分離帯を使ったほうがいいのでは?しかし、実際のアクセスを考えてこのような形態の中央分離帯を選んだ。 お得感がない! 誰もが分かりやすいところがいいが、表参道ではない。 ガラスチューブが緑より偉くないと。緑のおかげで良くても意味が無い。 夜の話を主張するなら、夜景も描くべき。 文字は誰も読まない。 BEACH LIFE STYLE(谷垣内) プラ段で水に浮けないか。 やりたいことより、何ができるかを考えた方が良さそう。 プラ段でどのような空間を作れるかを考えた方が早い。 実際何をつくるのかを考えるのに時間がかかりそう。 せっかくこれまでビーチライフスタイルについてブレインストーミングしてきたのだから、それをまとめて忘れないうちに考えるべき。 いかに軽くて簡単に、スピーディーにつくれるかがプラ段でつくる場合は重要。 ただ、ビーチパラソルではないことを主張しなければ成らない。 予算に収まりそうで、水に強い材料がプラ段ということでプラ段になった。 水陸両用はどうか。 絶対ビーチにある何か他の物と合体させてはどうか。 板材だと、加工しにくいというのがある。むしろ布とかゴザとかじゃだめか。 砂が的!特に埋めるとなると。砂とプラ段でなにかする。 段ボールハウスをつくればいい? 三角形の筒